どうも。
BASEでPDFを販売してみた というタイトル記事です。
BASEでPDFを販売してみた
最新ブログでPDFを販売しているが、まったく売れない。
さすがに好奇心から1人ぐらいは買うと思っており、この異変はおかしいと思っているので、Stripeを信用できなくて、Boothで販売してみたが、これも怪しく、最終的にBASEで販売してみることにした。
BASEは最近、SBI HD、ネットショップ「BASE」と資本業務提携 株式20%取得という記事が出ており、AIの分析でも、SBIや北尾吉孝氏のBASEへの影響力は明らかに以前より強くなります。ただし、「北尾氏がBASEの個々の出店者を自由にBANしたり、販売内容を直接決めたりできるようになる」というレベルではありません。 現時点では、BASEを販売先候補から外すほどの材料ではないと思いますとあり、北尾氏のほうが男気があるかもしれない(汚い手段を使わない)と思い、数字操作をしない可能性に賭けて、BASEで販売してみることにした。
noteは以前、販売して、僕のコンテンツの内容を社長?や運営者がタダ読みし、それを外部の知人などに回していた疑惑があり、信用していない。
Boothも以前、ダウンロードが正確に反映されていなかった案件があり、怪しいと睨んでいて、やはり辞めておこうという判断に至った。
いくら質の高いコンテンツを出そうが、決済が正確に反映されていなかったら、徒労である。
Kindleで数字操作があり、YouTubeもあり、アメリカ勢を疑っており、だからStripeも疑っている。
かといってnoteとBoothも怪しく、消去法でBASEに至った。
本来、中国系の決済やサイトがあればそれを利用したい動機が強い。(顧客が入力を拒む可能性はある)
もしくは欧州系の決済やサイトでもいい。
アメリカと日本以外の決済やPDF販売サイトを探している。(妨害や数字操作がない世界)
しかし、いくら探してもないことがわかり、呆然としている。
自サイトでStripe決済を作った時点で「やった!」と喜んでいたが、意味がなかった。
運とかないからなぁ。単に確率論であり、宝くじに当たるのも確率である。そして、宝くじに当たった幸運な人は後付で運の強さを語るだけだ。運なんて脆いもので、最終的には実力や能力に収斂する。
運を過剰に信じ、運に命運を左右させることだけはしたくない。そうなると能力を磨くことや事前準備がおろそかになり、油断につながる。自分は運がいいから、なんとでもなるとなり、準備力は確実に落ちる。そして運がいいと思いこんでいるから失敗してもすぐに忘れる。
僕がデスノート的無理ゲーで逆境期にいたときも、たんたんとやるべきことをやってこれたのは運なんて信じておらず、不運のせいにもせず、確率的に成果が出そうなことだけをやってきたからだ。神頼みや厄払いなどそんな時間の無駄はしない。
逆に、好調でラッキー月ですと言われ、良いことが起こるはずと浮かれていて、実際に起きなかったら落胆が生じる。
実際、数え切れないほど期待もたせ商法で騙されており、だからこそ余計に運なんてものは信じなかった。運なんかに左右されいたら時間のロスである。
金持ちになるにはレバレッジであり、仕組みである。TV局全盛期には金や人が集まるところはTV局であり、それがレバレッジで、どんどん富が溜まった。今、金が集まっているのはAIであるが、AIバブルが弾けるという話も出てきている。AI業界の人は金持ちになっている。
クールジャパン失敗おじさんは身銭を切って、自己資金でやっていたら叩かれないわけで自己責任で終わるが、税金だから叩かれている。POPOPO失敗の川上さんは自己資金だから、失敗してもそれで終わり。
制度や企画を作るときは間違いなく一部のフリーライダー(モラルハザード)が現れるから、そことの対処がセットである。逆に、一部のフリーライダーを想定しない政策や企画は危うい。
また、何かしらの副作用が起きたり、見逃していた変数(高齢者問題では老人が働く)があったり、ということもある。
いろいろな可能性や変数を探し、網羅し、特に効く、影響力が大きい変数は重視し、考える必要がある。
僕の行動の動機として能力を上げる、政策や企画なら的中率を上げるなので、証拠が出たら修正し、失敗だとわかったら早期に撤退する。
上達したいがモチベであり、見栄はない。
なぜ気が強い女や言い方が乱暴な女が苦手かというと、既に僕自身が自分に批判をしょっちゅうしているからで、ただでさえ自分を省みているのに、そこに外部の他人が語気強めでくるとうんざりするからだ。柔らかい言い方ならOKだが。さらにトラウマがありストレスに脆弱になったのもある。
あとは過去にあったことだが、僕はかなりいろいろなことを想定しているが、明らかにそんなの失敗するだろう、もしくは現実に行動できないという指摘ばかりされてうんざりした経験がある。的はずれな指摘ばかりされるとうんざりする。的確ならうなずける。
僕がカウンセラータイプ、楽天家、内助の功タイプが良いと思うのは攻撃性が低い点。少なくとも僕には合っている。
そして、合わないと思うのが気が強い女やクソ女(テイカー)であり、他力本願や攻撃性がある。
これは男女関係なくである。
体力がないから、動く前にかなり考えてから動く。そして的中率を上げることで無駄な消耗を防ぐ。
いろいろと想定しておくのも同じ原理であり、体力がないから、想定外が多すぎると無駄な埋め合わせ行動を結局する羽目になる。最初から想定しておけばそれがなくなる。
体力がある人や楽観的な人は壮大な無駄撃ちをしても気にしない。体力で行動力で挽回すればいいやと気楽に考えている。しかし、体力がなかったり、リソース不足だと、1回の無駄な行動が致命傷になることがあり、だからこそ動く前に考える。
庶民の寿司を食べているが、あまり舌は肥やさないほうがいいというひろゆきの意見に同感。
僕は元々グルメじゃなく、だいたいおいしく感じられる。
これは幸せなことである。
一方、女にいたっては美人しか無理になってしまった。
これは不幸である。
しかし、仕方ない。
やはり自分の能力を磨いたうえで、なるべく相性が合い、良い人とだけつながるように努力すれば当然、望む人間関係が手に入りやすくなる。そこに妥協や同情はいらない。一部の人は能力差別だ!とか言うが関係ない。リソースが限られていて関わる相手を選ぶ自由がある。お互いに。
変な人の対処で困っている!と騒ぐ人がいるが、それはそういう場所に居続けることが悪いわけで、なるべく努力して離れることだ。
ある意味、ヤバイ女に騙されて結婚し、後で騒ぐのも自業自得である。まぁ美人だから多目に見るのも理解できるが苦労は仕方ない。
過剰要求の女がクソ女という定義。
その高い要求水準に振り回され、応え続けるのが大変である。
ルックスは良い場合が多い。美人だからこそ、できる立ち振舞い、戦略。
逆に、そこまで要求が多くなく、男を立てるのが内助の功女。
ルックスは美人とまではいかない場合が多く、だからこそ内面を磨く生存戦略である。
美人は性格がいいという俗説もあるが、どうなのだろうか。
クールジャパン失敗おじさんは吉本興業とも深い関係にあり、トータルで見て成功と語っている限り、メタ認知能力がおかしいか、ボケていると感じる。
フィジカルAIはまだしも、コンテンツ産業に年約550億円から1000億規模に倍増し、今後5年で5000億以上を確保するは期待できなさそうである。そもそも5年間でゲームは3兆4000億から12兆円、アニメは2兆1000億から6兆円、漫画は3000億円から1兆円へ伸ばすってボケているのでは?
運がいいとやたら主張する人は自分が与えた量と世の中やいろいろな人から受け取った量で、後者が圧倒的に多い恵まれた人だから、そう主張する。
これがとんとんか、自分が努力してかなり与えていて、受け取った量が少ないと感じているなら、運がいいとは思わない。
予想外に、自分は与えた量や努力量よりも身分不相応に受け取ったという人が運を強調する。
大谷翔平選手が運が良かったなんて言わないでしょ。
才能があっただろうけど、あれだけ努力したからなわけで、正当な対価だと思っていると予想。
僕は不運だとは思わないが(運を信頼していない)、与えた量と努力量と受け取った量はまったく釣り合っておらず、成功していないギバーだという自覚がある。
で、これ以上、借金を増やすのは愚かなので自分の人生を生き始め、自己最適化路線に走っているが、まだ僕から盗もうという奴らが跋扈している。
(ソフトバンクしかり、国家情報局や政府や官僚しかり、CIA・NSAなどしかり)
こんな捕食者が多い世の中(大企業や既得権益など権力層しかり。昔はメディアが流すフィクションの英雄物語に毒されていてこんな奴らだと思わなかった)だと、若いときと、メディアや情報量が少なかったので気づけなかった。
まさかソフトバンクで日本一の金持ちがこんな汚いことをしているなんて想定できない。
政府はCIAは前から評判が良くないから、していてもおかしくないだろうけどな。
こんな捕食者(ソフトバンク含める)に投資しようという奴らもいて、自分が金儲けできればどうでもいいという感じ。(日経新聞はとくに該当。ソフトバンクをかなり持ち上げている。人間なんて所詮この程度だから期待しないほうがいい)
僕自身も弱いところから搾取しているTemuやAliexpressで買い物をしており、それは僕のリソースが少ないから選択せざるを得ないわけで、搾取されている側からすればTemuを利用している僕は悪者である。
しかし、それは僕がリソースが少ないからこその選択であり、余裕がないわけだが、ソフトバンクに投資していて僕のことを知っている連中は余裕がある金持ちなわけで、まぁ僕とは赤の他人で関わりがないからこそ、行っている行動である。(そういう連中は僕はブラックリストに入れており、関わるつもりが一切なく、相手もそうであろう)
まぁこれ以上、自己犠牲も借金を増やすつもりもないということだ。(最近はブログでも、無料記事と有料記事を明確に分けており、無償でボランティアなんてする気がないという行動をしている。しかし、Stripeの操作かしらないが、買われていない)
外出時は無料の見世物じゃないので(ストーカーや監視連中が多い)、日傘やマスクやサングラスで防備している。(監視ストレスをなるべく浴びないという意味もある)
有名人は有名人メリットもあり、その弊害として周りから声をかけられたり、週刊誌に負われたり、行動の自由が減るわけだが、僕はそんなメリットを得ておらず、無名人で似たようなストレスを受けるのはごめんである。
人は宝くじに当たると運がいいと言う。なぜなら自分の努力以上、与えたもの以上のリターンが偶然やってきたからであり、そりゃ運がいいと言うだろう。
一方、努力量や与えたものと同等のリターンが返ってきたら、運ではなく実力や能力や努力だろうし、正当な対価だと思うであろう。
めちゃくちゃ努力していろいろなモノを手に入れた人が「運が良かっただけでしょ」と言われたら腹が立つわけで、っ逆に、自分の努力や与えたものより予想以上に受け取ったものが多かったら、「運が良かった」と思うであろう。
「運が良かった。運が自分はいい」と盛んに主張するリーダーがいて、ついていきたいと思うであろうか?間違いなく下火になるときも来るわけで、そのときに「運よ来い!運よ来い!」と神頼みをしていたら、「あなた、他にやるべきことがあるのでは?」と思わないか。
それにしても世の中を見渡すと、「この人、上手くフリーライドしているな」という寄生虫のような人がいる。自分の努力や労力は最小にして、分け前だけちゃっかり多くもらい、さらに立場や良いポジションを維持する。
フリーライダーは寄生先がいないと、美味しい生き方ができないので常に寄生先を探して生きている。
そして、僕はそんなフリーライダーにNOを突きつけ、そういう雰囲気で生きていると、フリーライダーはそれを察知し、こいつからは絞り取れないと思い、勝手に去っていくわけで、それが好ましい。
しつこいフリーライダーに関してはこの告発ブログで晒すこともする。(抵抗手段がこれしかない)
だから人が去っていくというのはあながち悪いことではなく、僕を便利な道具として扱ってきた人間が去っていくだけだ。
ほとんどの人(7割以上)はそんなに面白い人生を送ってないのだろう。
まず仕事が苦痛であり、楽しくなく、なるべく辞めたい人が多い。
限られたプライベートでも例えば楽しみがテニス(月1回)やキャンプ(年に1回)などになる。
結婚している夫婦でさえ、そんな感じ。
新婚ほやほやなら楽しいだろうが、そんなものは3年も経てば消え去る。(キラキラアカウントに皆、騙されている)
そもそもデフォルトが楽しくないわけで、生存が過酷ななかで自分で工夫して能動的に楽しみを見つけ出すことが必要である。
日常があまりに退屈で、刺激や目新しさがないから、レアな人(有名人など)が近くにいるとわかると見に行く。ストーカー化することもある。
リソースあると工夫しなくなるよね。工夫する意味がないし、工夫しなくても大丈夫だから、強烈な動機がない。コスト感覚もない。リソース小だと危機に直結するからものすごく工夫する。だから極限までコストを削る。そして強くなる。
金持ちはメルカリでコツコツ節約なんていう世界を知らないのだろうな。僕の節約術なんてまったく必要としていない。しかし、この節約術は極限まで工夫した攻略法であり、抜け道であり、けっこう面白いのだ。この面白さを知らないわけだ。
リソースの大小に関わらず、面白い人生を送った人間が真の勝者なのでは?と気づいた。そう考えると、僕はリソース小だが、なかなか創意工夫に満ちた面白い人生を送っているのではないか。逆に、リソース大でも退屈で、刺激を求め続け、飽きている人もいるのではないか。(そして犯罪に手を染める)
皆、つまんない人生を送っているのだなぁとわかったら、気が楽になった。僕は相当に過酷でなんで自分がこんな目に?と思っていたが、一部のキラキラアカウントや1、2割の幸せな人を除いて、そんなに人生が充実していない人が多いのだから、僕も多数派であり、それならばリソース小でも創意工夫している僕は不利だが、マシなのでは?と思った。
一部のリソース大の恵まれた人を除いて、大半の人は人生が恵まれておらず、つまらないがデフォルトで、そこから創意工夫し、楽しみを見出す努力が必要なわけで、待っていたら宝くじが当たるとか、幸せが降ってくることはないのだ。
才能(創造力、性格、IQなど多数)より努力(専門知識や幅広い知識の詰め込み)のほうが重要。努力しなかったら、才能の持ち腐れである。IQ高いのに勉強しなかったら、意味がない。
東大で、2027年9月に価値創造学部が新設されて、授業はすべて英語で、文系・理系の垣根を越え、社会課題を発見し、世界にインパクトを与える「チェンジメーカー」を育てる学部だそう。
これは東大生の就職人気ナンバーワンの外資系コンサルのことと言ってよい。
記事では以下のことを言っている。
日本の大学は、社会で成功した職業が現れると、その職業に必要とされた能力を教育し始めます。金融が花形になれば金融教育、ITブームが来れば情報学部、起業が流行ればアントレプレナー教育。そして今度は「デザイン思考」と「価値創造」です。
しかし大学には時間がかかります。学部を設置し、学生を募集し、5年間教育して卒業させる頃には、世の中は次のゲームに移っています。
価値創造学部の第1期生が社会に出るのは2030年代です。その頃、企業が本当に欲しがっているのは市場調査をして戦略を提案する人材でしょうか。それともAIを自在に使い、自ら会社をつくり、商品を売り、失敗の責任まで引き受ける人材でしょうか。
「課題を発見して解決策を提案する人」は、もう十分にいます。これからはAIが、その仕事の大半を代替するでしょう。足りないのは、自分の金と人生を賭けて、その解決策を実装する人(起業家)ということだ。以上。
大学自らが先行して予測して学部を作るということをできておらず、社会で成功した職業を後追いするだけで、さらに東大卒業生も一時的に社会で成功した職業を追い求める。(東大生に人気の職業はその後、衰退するという法則がある)
僕がブログでやっていることも外資系コンサルの真似事であり、独学で経済学、経営学を学んで、さらにそれらを応用してやっている。(大学にまで行ってやることじゃないと思う。ひたすら既にある社会課題を解決する案を考えるか、もしくは先回りして未来予測から(まだ起きていない時点で)、問題意識を持ち、仮説を立て、未然に防ぐなどもある)
僕も自分のことは天才型でもなく、努力型だと認識しているが、日本のトップの東大でさえ、このような認識しか持ててないのかぁと。(民間企業のほうが実践していて、危機感もすごいし、学ぶところが多そう)
とはいえ、大なり小なり、課題解決方法を習得すれば、問題解決マシンになり、人生で困ることが減りそうではある。
しかし、外資系コンサルは顧客がいて、現実の民間企業の解決に関わっており、しかも仕事であり、ヒリヒリする危機感とともにやっているが、東大の価値創造学部はそこまでの危機感は当然なく、給料も関係なく、Up or OUTでもなく、安全に守られた世界での実験室である。
この自分の立場がかかった真剣さやひりひり感は再現できない。
https://agora-web.jp/archives/260901123629.html
東大の新学部「価値創造学部」は絶滅危惧種のコンサル育成をめざす?
大学受験はノウハウ価値はあるが、コンテンツ価値は少ないので、膨大な時間を投入する価値ない。
抜け道を使い、賢く省エネで乗り切るのが良い。
ここを賢く切り抜けて、その後の人生を新たに頑張ったほうがいい。
行動するコミュニティに所属していたほうがいい。
恋愛コミュニティ、起業・副業コミュニティ、投資コミュニティなど。後ろ向きな言い訳ばかりのコミュニティや人と関わると足を引っ張られ、「やめておいたほうがいいよ」と言われるだけだ。
僕が結婚しない理由として、そもそも収入がないのもあるし、子どもがいらないなら男に結婚するメリットがないのもあるし、仮に年収500万あったとしても、この年齢で来る女性はほぼテイカーであり、僕がギブするのは必然であり、わざわざ苦労をする意味がわからないというのがある。(恋愛なら契約じゃないし、してもいいと思っているが相手がいない)
節約生活の基盤ができてわざわざ買うものが減り、読書は継続している程度であり、映画などのコンテンツも継続程度で、一番金がかからず刺激があるのはGravity音声アプリであり、多くの若者もそうであろう。
独身の相互扶助というのはリアルの助け合い(これは負荷がでかい)ではなく、ネットのゆるいつながり(Gravityなど。情報交換や話し相手)である。Gravityはだからこそ、貴重な場であり、今後も多くの人が利用するであろう。
コンテンツ販売はある種のサービス業だわ。自分にだけ適用できて習得できるモノを売っても他人にとっては再現性がなく、商売にならない。今はまさにそんな感じのコンテンツになっている。他人はレアなコンテンツを見ているが真似できないと思ってそう。
他人にもいかにできると思わせられるかが勝負。ベネフィット、具体性(数字)、新規性・好奇心(新しいもの)、意外性・常識否定、緊急性・限定正、クイック&イージー(手軽さ) これらがコンセプト。
自分の特性や個性や強みやリソースを考慮すると、何のビジネスをやればやりがいが出て、活き活きとするかは限定される。僕の場合、コンテンツ自体が複雑で小難しくなるのは仕方なく、「考えすぎる葦」YouTubeチャンネルみたいに10万人規模のユーザーを集められる似たものはできそう。
僕のようなコンテンツは10万人規模にリーチするのがせいぜいで、よくて20万人ぐらい。そして、そういう層を狙えばよく、それでいい。わざわざレベルを下げて、情弱向けに寄り添ったコンテンツを作る方向性はたとえ儲かったとしても活き活きしない。